徒然日記

「ヒリヒリする9月」と「天才コメンテーター」について考えた。

MLBもいよいよ佳境になってきました。                       あ、ぼくは体育会出身なので、どうしてもスポーツのトピックが多くなります。スミマセン・・・。                                    どうでもよいことですが、世間ではスポーツ経験者のことを「体育会系」と呼ぶことが多いと思います。でもぼくは絶対に自らを「体育会系」とは言いません!それは系がつくと、なんかマガイモノな感じがするからです。                       サークルや同好会ではなく、ガチ競技を続けてきた者の矜持、みたいなものがあるのかも知れません。もちろん、サークル活動などをニセモノと言いたいわけではありません。ただ、命を削ってスポーツしてきたぜ、という思いがある、それだけなのです。我ながらその点はちょっと面倒クサいヤツだな、とは思っています・・・                運動部に入った経験もないのに「ワタシも体育系なんですぅ」などという人もたまにいますが、ぼくはそういう人をつい、冷ややかな目で見てしまいます。まぁそんなこと気にするのか、心が狭いのぉと言われたらぐうの音も出ませんが、それだけは貫こうと心に決めております。

「ヒリヒリする9月を過ごしたい」、数年前、エンジェルス時代の大谷翔平のコメントです。これは、エンジェルスが早々にプレーオフ進出を絶たれ、8月前後から残りが全て消化試合になってしまったがゆえに出たコメントです。                     こうなると見ている方は、大谷選手が、15勝できるだろうか、やホームランのタイトルを取れるだろうか、という個人成績にしか興味がなくなります。当時はそうでした。    弱いチームに所属している選手自身も、この時期モチベーションを保つのは大変だと思いました。

ドジャースはここに来て、特に投手陣の故障が問題となり、ジリジリと勝率を落としつつあります。そして現時点では西地区の2位のパドレスとは3.5ゲーム差まで詰め寄られました。少し前までは、ナリーグ1位の勝率だったのに、それも東地区のフィーリーズに劣っており、9月の残り試合の奮起が求められています。                      おそらく、ドジャースはプレーオフには出場できそうですが、これ以上ゲームを落とすと、ワイルドカードシリーズの参加を余儀なくされ、最少でも2試合を余分にしなくてはなりません。                                       

残り試合で大谷選手個人の50−50達成するのか、という点も見ものです。現在、48−48まできました。日本のファンは、もしかしたらチーム成績以上にこちらに注目しているかもしれません。                                     移籍によって彼の「ヒリヒリする9月」がついに叶ったと言えます。スポーツ好きのおっさんとしましては、大谷選手が存分にこの瞬間を楽しんで欲しいな、と祈るばかりです。

たまにドジャース戦の途中経過が知りたくて、ついPCでこっそり見てしまうことがあります。結果だけを見てすぐに閉じれば良いのですが、滝のように流れるコメントについ目がいってしまうのは悪いクセです。                           得点圏で大谷選手が凡退や三振などをすると、必ずコメント欄に登場してくる人たちがいます。ぼくはそんな人たちのことを個人的に「天才コメンテーター」と呼んでいます。                                       天才コメンテーターの特徴は、とにかく口が悪いことと、未来予測したコメントが多いことです。こうなると思っていた、こうすべきだった、ということを明確にしています。     ある種の後出しジャンケン的なコメントでしかない気はするのですが、本気で予測できていたら「天才」と呼ぶにふさわしいと思っています。ただ、残念ながら「天才コメンテーター」のそれは事後であることが多いのと、ユーモアのセンスがないことももう一つの特徴かも知れません。せめてクスッとさせてくれたら、コイツ、オモロいな、となりそうなのですが。

天才オメンテーターか普通かは別として、ぼくは動画や何かのコメント欄に書き込む全ての人をスゴいな、と思っています。ぼくには、そこまでの情熱みたいなものがないからです。皮肉抜きにそう思います。                             友達同士のSNSでは、軽口を叩き合うようなコメントは書きますが、いくらファンでもコメントや意見をわざわざ書けるのは、情熱以外の何物でもないのでそこは素直にリスペクトをしています。                                   そういう人たちが選手やチームの押し上げに一役買っているのは、紛れもない事実でしょう。しかしながら、批判は[愛]だと思うのですが、ただの悪口みたいなものは、やっぱり無くなって欲しいと思います。                             批判と悪口の違い、についてかつてイチロー選手は「それを本人の前で言えるか、どうか」みたいなことを語っていた記憶があります。でも本当にその通りではないでしょうか。コメントを書く方は、一瞬それを考えてくれたら、味わい深いコメントになり、たくさんのイイねが貰えるかもしれません。

なぜ今更、こんな当たり前のことを書いているのかと言いますと、単純に心の底から大谷選手の50−50が見たいからです。今年ダメでも、また来年と思う方もいるかもしれませんが、その来年、チームや選手がどうなるかなんて誰にも分かりません。大谷選手の50-50も120年以上の歴史の中で一度も起き得なかったことなのです。その挑戦を生きているうちに見れる幸運に心から感謝したいですし、これを当たり前だと思ってはいけない気がします。                                                                       大谷選手や山本選手には、大きな夢を見させてもらっているのだから、うまくいくことを信じて、心の底から応援するのは、もはや義務みたいなものではないでしょうか?言葉は悪いですが、勝手にこちら側が彼らの姿に夢を見させてもらっているのですから、そのくらいでちょうど良い気がします。そうじゃないと人の感動をただただタカる、輩のようです。

悪口や誹謗中傷は、なんとなく良くない流れを彼らに与えてしまいそうな気がしていて、特にこの時期は目にしたくないな、と思ってしまいます。超単純ですが、それがこんなことを書いた最大の理由です。祈りの力、みたいなものを個人的に信じているせいでもあります。        まぁカブスのプレーオフ進出もこっそり願っていますが、ともかくドジャースがチャンピオンリングを獲得することも同様に願っております。

大谷選手がホームランを打ったり山本選手が好投したら、「俺も今日は頑張るか」とエネルギーに変えたいです。人の活躍、感動にタカルだけの人生はちょっと寂しいので、世界は違いますが少しでも彼らのように、という気持ちだけは持っておきたいなと思います。     ぼくも自分なりの「ヒリヒリする9月」を過ごしたいと思います。皆様にとりましてもそうであるように、祈ります。

では、今日も良い1日を!ありがとうございました。